高温のアルゴンプラズマ中で生成されたイオンは、サンプリングコーンと呼ばれる円錐形の金属板に設けた数 mm 程度の微小な孔(オリフィス)を経由して大気圧から真空計へと差動排気システムによって導入され、さらに続くスキマーコーンによってプラズマ中のイオンはスキミングされ、イオン光学系によって収束されたのち質量分析計へと導かれる。

2.4 イオンレンズ部

スキマーコーン直後に配置された静電レンズ群で、プラズマからイオンを引出す機能と、続くコリジョン・リアクションセルあるいは質量分析計の入り口にイオンを収束させる機能を併せ持つ。検出器はイオンのみならず、原子、光子、中性粒子などにも反応するので、プラズマからの強い紫外光や未分解粒子などもスキマーから引き込まれてバックグラウンドを増大させる原因となる。イオンレンズには形成された電場によってイオンを偏向させたり、直進する紫外線を遮光板で遮ったりして、イオンのみを分離する機構を設けている。

2.5 コリジョン/リアクションセル

ICP-MS では目的とする元素のスペクトル以外にプラズマを構成する Ar、その不純物や試料溶媒である水、金属成分を安定に溶存させるために添加した酸やアルカリに由来した強大なイオンのバックグラウンド信号によるスペクトル干渉が生じるのが特徴である。コリジョン・リアクションセルはこれら測定対象元素以外のイオンが引き起こすスペクトル干渉を除去または低減させるための機構であり、質量分離部の前に設けられる。

真空系外から気体分子(セルガス)を導入したセルと呼ばれる箱の中をプラズマからのイオンが通過する際に、気体分子とイオンの間で相互作用が生じる。この相互作用の結果、測定対象元素のイオンとスペクトル干渉を与えるイオンとの選別が行われ、干渉イオンの量が測定対象元素イオンに比べて大幅に低減されて信号対バックグラウンド比が改善されるので、検出下限が改善される。

2.6 質量分離部(質量分析計)

質量分離部はイオンレンズから入射したイオンを、真空中のイオンに対する電場・磁場の効果を利用して、イオンの質量ごとに時間的・空間的に分離する部分である。ICP-MS に使用される質量分析計には走査型質量分析計として四重極型質量分析計、磁場型の二重収束型(高分解能型)質量分析計などがあるが、構造が単純で、比較的低真空で動作可能で、低価格、質量分析計として技術的に確立されている四重極型質量分析計が主流である。最近ではコリジョン・リアクションセルの前後に四重極質量分析計をタンデム配置させたタンデム型四重極型質量分析計(トリプル型四重極質量分析計)を装備した ICP-MS/MS(ICP-QQQ)も急速に普及している。また、複数イオンの同時検出を可能にした多チャンネル同時検出型の磁場型質量分析計や飛行時間型質量分析計などもある。

2.7 検出器

質量分析計で選別されたイオンを検出し、読取り可能な信号に変換する部分で、二次電子増倍管などの検出器で検出、イオンカウントとして出力される。検出方式にはパルス検出方式アナログ検出方式とある。ディスクリート型検出器などが多用され、最近では 10 桁以上のダイナミックレンジを有している場合もある。

3.各種干渉について

ICP 質量分析法は高温のアルゴンプラズマをイオン源に使用し、大気圧下のイオン源から差動排気システムを用いて高真空系内に直接イオンを引き込み質量分離後、目的元素をイオンとして検出する構造となっている。そのため、目的元素の微小信号を検出する際、プラズマを構成するアルゴンや共存元素に由来した強いバックグラウンドの影響を受けやすく(スペクトル干渉)、高感度ゆえに共存成分・元素に由来した信号変化も受けやすい(非スペクトル干渉)という特徴がある。特に前者は他の質量分析法では見られない特徴で、ICP-MS が提案されて後、多くの研究者、機器メーカーがその解決に取り組んできた。最近ではより選択的にスペクトル干渉を低減、除去するため、コリジョン・リアクションセルの前後に質量分析計をタンデム配置させたトリプル型 ICP 質量分析計、ICP-MS/MS(ICP-QQQ)がその優れたバックグラウンド除去能力により急速に普及している。

3.1 スペクトル干渉(spectral interference)

測定対象元素の質量電荷数比( m/z )に近い m/z の値をもつ原子または多原子イオンによる質量スペクトルの重なりに起因する干渉( JIS K0133 の定義)で、特に四重極型質量分析計による測定では注意が必要である。スペクトル干渉は以下の同重体イオン、多原子イオン、二価イオンにより生じるので、測定元素のスペクトルのみならず、試料溶液の全体像を把握するために全質量域にわたるスペクトルの確認が重要である。スペクトル干渉は本来得ようとするスペクトルに対して正の誤差を与える。

3.1.1同重体干渉

測定対象元素と妨害元素の原子量が近接している場合に生じるスペクトル干渉。代表的な例としてはアルゴンプラズマをイオン源とした場合の40Ca に対する40Ar の重なり、鉛同位体分析を行う場合の204Pb に対する204Hg の重なりなどがある。

3.1.2.多原子イオン干渉

アルゴンプラズマをイオン源とする場合に、プラズマを構成するアルゴンのみならず、試料溶液の溶媒となっている水(H2O)のH原子やO原子とから、アルゴン起因の多原子イオン、ArO+, ArOH+, Ar2+が生じる。このような二原子以上の原子からなるイオンにより生じるスペクトル干渉をいう。さらに金属を安定に溶存させるために添加した酸(HNO3、HCl など)に起因してArN+, ArNH+, ArCl+, ClO+, Cl2+などを、硫酸H2SO4、リン酸H3PO4を用いた場合にはそれぞれ硫黄(S)原子、リン(P)原子を含む多原子イオンを生じる。また、試料溶液中の共存元素を含む多原子イオンが測定対象元素にスペクトル干渉を与える場合もあり、アルカリ土類元素、希土類元素などのように酸化物イオンを生成しやすい元素は、これらの元素の質量数に16 を加えた m/z の位置にスペクトルが現れる。これら多原子イオンの生成割合は、試料導入部,イオン化部およびインターフェース部の設定条件によって大きく変動するので、設定条件を最適化して干渉を軽減する。

3.1.3.二価イオン干渉

試料溶液中に測定対象元素の2 倍の質量数の同位体をもつ共存元素が存在する場合に当該の一価イオンの1/2 の m/z の位置に二価イオンのスペクトルが生じてスペクトル干渉を与える。二価イオンは第二イオン化エネルギーの低い元素で生成しやすく、酸化物同様、アルカリ土類および希土類元素で顕著である。

3.2 非スペクトル干渉(non-spectral interference)

高周波プラズマ質量分析計を用いて測定するときに生じる干渉のうち、スペクトル干渉を除くすべての干渉(JIS K0133 記載の定義)で、物理干渉、イオン化干渉および化学干渉、マトリックス干渉(空間電荷効果)に分類される。非スペクトル干渉は本来得ようとするスペクトルに対して正負の誤差を与える。

3.2.1物理干渉

物理干渉とは、共存する塩類、酸類などによる試料溶液の粘度、表面張力、密度の違いから試料溶液の吸引速度が変化して試料を霧にする霧化効率の変化や、生成した液滴の粒径分布の変化によって、ICP までの輸送効率が変化する現象をいう。分析元素に依存しない干渉である。

物理干渉の低減には、検量線用標準液および測定用試料溶液の液性をできるだけ一致させる(化学分析の基本)ように、酸の種類と濃度、共存するマトリックス成分の濃度を一致させるマトリックスマッチング法の適用が ICP-OES 同様に望ましく有効と考えられるが、ICP-OES より三桁以上高感度な検出能力を有する ICP-MS では測定濃度に影響を与えない高純度のマトリックス物質の入手は容易ではなく、マトリックスマッチング法は適用したくても適用できない場合も多い。

測定用試料溶液中の塩類の濃度が高い場合には,サンプリングコーンおよびスキマーコーンのオリフィスに不溶性物質が析出してオリフィス径が小さくなって感度の低下と経時的なドリフトを生じやすくなるので、塩類の総濃度を 1 g/L 以内に抑えることが望ましい。

3.2.2化学干渉

化学干渉とは,測定対象元素が共存する塩類、酸類と高沸点の難解離性の塩または酸化物を生成し、原子化およびイオン化が抑制され,感度が低下する現象をいう。化学干渉は、化学炎を用いるフレーム原子吸光法ではしばしば問題となるが ICP の温度は約 5000~10000 K と化学炎に比べてプラズマの温度が高温なので、ICP-OES や ICP-MS の通常の分析条件ではほとんど問題とならないとされている。

3.2.3イオン化干渉

測定用試料溶液中に高濃度の共存元素が存在する場合にプラズマ内での測定対象元素のイオン化率はプラズマ内の温度および電子密度によって決まる。イオン化干渉とは、共存元素がイオン化されるときに発生する電子によってプラズマ中の電子密度が増加して分析元素のイオン化率が減少し、感度低下を引きおこす現象をいう。アルカリ金属およびアルカリ土類金属などのイオン化エネルギーの低い元素が多量に存在すると,測定対象元素のイオン化率が大きく変化する。

3.2.4空間電荷効果

空間電荷とは真空やガス中などの空間に分布しているイオンや電子を指す。プラズマがインターフェース部を通過するに伴って電荷分離が進み、プラズマビームが正電荷を帯びてくると、ビーム中の分析元素のイオンとマトリックス成分のイオンとの間にはクーロン斥力が働き、分析イオンは質量分離部のスリット上に収束できず感動低下を引きおこす。これを空間電荷効果といい、共存元素と測定対象元素との相対原子量の差が大きいほど顕著に現れる。