4.測定方法
4.1 検量線法 (絶対検量線法)
検量線法(絶対検量線法)とは 横軸に濃度、縦軸にイオンの信号強度をとり、既知濃度の標準液から段階的に希釈、調製された検量線用標準液および検量線用ブランク液を用いて、濃度とイオン信号強度との関係線を作成して検量線とする。この検量線を用いて、試料溶液を測定した時に得られるイオンの信号強度から濃度を算出する一般的な定量分析手法である。
検量線法は、検量線作成用溶液と試料溶液とが適正にマトリックスマッチングされていることが理想である(化学分析の基本)が、ICP-OES の場合と異なり ICP-MS の検出感度に適した、不純物濃度の十分に低いマトリックス元素の入手は容易ではなく、分析操作手順を減らす目的でも、マトリックスマッチング法より後述する内標準法や標準添加法の方が現実的には実施しやすい。試料溶液を希釈しても十分に感度が得られる場合には、希釈によりマトリックスの影響を小さくできる。
4.2 内標準法
内標準法とは、イオンの信号強度に代えて、分析元素の信号強度と同時に測定した、分析元素と同様の挙動をする内標準元素の信号強度との信号強度比を用い、検量線の作成、並びに試料溶液について測定した測定元素と内標準元素とのイオン信号強度比から濃度を算出する方法で、非スペクトル干渉の補正および感度の経時変化(ドリフト)を補正に有効な方法である。
内標準法は、物理干渉を補正するのに適した分析方法で、内標準元素としては分析元素と質量数が近く、スペクトル干渉がなく、プラズマ中で測定元素と同様な挙動を示し、試料溶液中に含まれない元素であるなどを考慮して選択される必要がある。
4.3 標準添加法
標準添加法は、試料溶液を等量ずつ複数個の溶液を分取して、これに既知濃度の分析元素標準溶液を段階的に添加し、それぞれについて横軸に添加した標準溶液の濃度、縦軸にイオン信号強度をプロットして検量線(回帰直線)を作成する。得られた検量線と横軸(濃度軸)との切片から試料溶液中の目的元素の濃度を求める方法である。
標準添加法は、スペクトル干渉がない場合か何らかの方法でスペクトル干渉を補正できる場合にしか使用できないが、内標準法と比較すると、試料溶液そのものを検量に用いるためにマトリックスは同一となり非スペクトル干渉を理想的に除去することが可能になる。
5.検出下限 と定量下限、バックグラウンド相当濃度
検出下限 (limit of detection; LOD) とは、検出できる最小量 (値)、定量下限 (limit of quantitation; LOQ)とは、ある分析方法によって分析種の定量が可能な最小量または最小濃度と、それぞれ JIS K 0211:2013 分析化学用語(基礎部門)に分析化学用語として定義されている。
ICP-MS については、「高周波プラズマ質量分析通則」 JIS K 0133:2007 に以下のように定義されている。
5.1 装置検出下限 (ILOD;instrument limit of detection)
検量線ブランク溶液を連続 10 回測定してときに得られる信号の標準偏差の 3 倍を与える濃度と定義され、装置自身に依存する検出下限を意味する。
5.2 方法検出下限 (MLOD;Method limit of detection)
操作ブランク溶液を連続 10 回測定してときに得られる信号の標準偏差の 3 倍を与える濃度と定義され、個々の分析操作および測定方法に依存する検出下限を意味する。
5.3 方法定量下限 (MLOQ;method limit of quantification)
操作ブランクを連続 10 回測定してときに得られる信号の標準偏差の 10 倍を与える濃度で、操作ブランクを差し引いて分析値を求めた場合には、誤差の伝播を考慮に入れて標準偏差の 14.1 (√2×10) 倍の信号を与える濃度と定義され、ある分析方法によって分析種の定量が可能な最小量または最小濃度を意味する。 (注意 検出下限の英語表記は古くは Detection Limit, DL が使用されていたが徐々に LOD に移行しつつある。)
5.4 バックグラウンド等価濃度(またはバックグラウンド相当濃度)(BEC;background equivalent concentration)
測定 m/z におけるバックグラウンド強度に等しい信号強度を与える測定対象元素の濃度で、バックグラウンド信号強度をその m/z における同位体の感度で除した値となる。
(注意 従来、日本語表記としてバックグラウンド相当濃度も使用されていたが、ICP-OES における用法と一致させ、バックグラウンド等価濃度に統一される方向にある。)
ICP-MS 関連用語
ICP-MS に関連した用語を以下に列記しました。記載の用語の大半は以下の JIS から引用し、必要に応じて弊社にて補足説明を追記しております。
JIS K 0133:2007 高周波プラズマ質量分析通則
JIS K 0211:2013分析化学用語 (基礎部門)
JIS K 0215:2016分析化学用語 (分析機器部門)
データ解析編
- 質量スペクトル – マススペクトルともいう。横軸にイオンの質量電荷 (数) 比 m/z (斜体字で表す) を、縦軸に信号強度を表した二次元表示。ICP-MS では多くの場合、1 価イオンが対象となるので m/z は元素の質量数にそのまま対応する。一部の元素については 2 価イオンも生成するのでその場合には信号は m/2 の位置に出現する。
- 質量数 – 質量数は原子もしくはイオン中の陽子と中性子の数の合計。同位体の質量数は 12C のように元素記号の前につけられた上付き数字で示される。原子番号と違い順位を表していないので、「質量数は 7 番」 のように 「番」 をつけない。
- CPS または cps – カウント毎秒 Counts per Second の略。1 秒あたりのカウントを意味する。カウント/積分時間で計算される。
- カウント – 検出器が積分時間内に検出した、特定の元素のイオンの信号強度。サンプル中のその元素の濃度に比例する。積分時間 1 秒でのカウントは CPS に同じ。
- 積分時間 – 信号強度を平均化してばらつきを抑えるため、検出された質量信号を積分し、その時間平均値を算出するための単位時間。
- R – 相関係数 Correlation Coefficient を意味し、一般に R または r で表示される場合が多い。測定点が回帰直線にどれくらい合致するかを見積もるために計算する。-1 < R < 1 の範囲で値をとり、ICP-MS では (標準溶液が正しく調製され、装置が適切に調整されていれば) ほとんどの場合 0.99 以上の値をとる。
- DL – Detection Limit の略で各元素ごとの装置の検出下限 (限界)、すなわち検出できる最小量 (値) を意味する。検量線ブランクの標準偏差の 3 倍を与える信号強度を感度 S で除して濃度に換算した値。DL = 3σBLK/S。
近年、Limit of Detection、LOD の使用が ISO、JIS にて推奨されているが、DL は慣用的に多用されている。 - BEC – バックグラウンド相当濃度 Background Equivalent Concentration の略。バックグラウンドの信号強度を感度 S で除して濃度に換算した値。単位は ng/ L など濃度。
- RSD – 相対標準偏差 Relative Standard Deviation の略で、変動係数 coefficient of variation、CV ともいう。単位はパーセント% 。測定値の標準偏差を測定値の平均値で除した値。RSD% = σ(x)/xaverage。濃度、cps それぞれについて算出される。
- 同位体、アイソトープ – 原子番号が同一の元素で互いに質量数の異なる一連の原子。 isotope
- 検量線 – 物質の特定の性質、量、濃度などとそれらの測定値との関係を表した線。校正曲線ともいう。
- 感度a) ある量の測定において、検出下限で表した分析方法または機器の性能
b) 検量線の傾きで表した分析方法の性能
ICP-MS の場合、JIS K 0133:2007 附属書 A.2.1 で b) に相当する 1 μg/L 当たりのイオンカウント数 (単位 cps) で表すよう、記されている。 - 空試験 (からしけん) – 一般に試料を用いないで、試料を用いたときと同様の操作をする試験。ブランク試験とも。Blank test
- 空試験値 – 空試験によって求めた値。ブランク値とも。Blank value
- 検量線用ブランク液 – 測定対象元素の濃度がゼロで、検量線用標準液と同じ組成から成る溶液。Calibration blank (CalBlk)
- 検量線用標準液 – 検量線を作成するために使用する既知濃度の測定対象元素を含む溶液。Calibration Standard (CalStd)
- 内標準法 – 分析種 (A) を含む複数標準試料に分析対象とは異なる標準の一定量 (B) を添加して分析を行い、量比 (A/B) と信号比 (IA/IB) との関係線を作成し、次に目的試料に内標準成分の既知量を添加して分析し、先に求めた関係線から分析種を定量する方法。
- 内標準元素 – ICP-MS 測定における非スペクトル干渉および感度の時間変動を補正するため、検量線用標準液、検量線用ブランク液および測定用試料溶液に同量添加する元素。Internal standard element (ISTD)
- 定量下限 – 操作ブランクを連続 10 回測定したときに得られる信号の標準偏差の 10 倍の信号を与える濃度。操作ブランクを差し引いて分析値を求めた場合には、標準偏差の 14.1 (= √2 ×10) 倍の信号を与える濃度。 Limit of quantification、LOQ
- 回収率 – 試料中に存在する物質の量,または加えられた物質の量(A)に対する、試料から検出したその物質の量(B)との比(B/A)。分率で表すこともある。Recovery