3.1.フレーム原子吸光光度法

フレーム原子吸光分光光度計は、溶液試料中に含まれる mg/L (ppm) オーダーの元素を再現性良く、簡単な操作で分析できる装置である。図 3 に構成図、表 1 に各元素の検出下限を示す。

原子化のためのエネルギーとして、フレーム (化学炎) を使用する。通常、アセチレン (燃料ガス) と空気 (酸化ガス) の混合ガスを使用し、得られる温度は約 2300 ℃ である。アルカリ金属元素 (Li, Na, K, Rb, Cs) や遷移元素 (Cr, Mn, Fe, Co, Ni, Zn, Cu など) の分析に使用される。また、難解離元素や酸化物の解離エネルギーが大きい元素 (Al, Si, Ca, Ba など) には、さらに高温 (約 2800 ℃) が得られるアセチレンと亜酸化窒素の混合ガスが使用される。フレームの状態は、燃料ガスが多い還元炎と完全燃焼炎及び酸化炎がある。Cr のように酸化物が解離しにくい元素はアセチレンガス流量を増やした還元炎が使用される。

試料はネブライザーと呼ばれる噴霧器により霧状にされ、ガスとともにフレームに導入される。試料の消費量は、5 ~ 7 mL / 分であるが、1 試料の測定に要する時間は 10 秒程度で非常に迅速な分析ができる。元素の感度、測定の再現性はネブライザーによって生成する霧の粒径、均一性に大きく左右される。より細かく均一な霧を生成することが重要である。

図 4 に試料中に含まれる元素の原子化までのプロセスを示す。ネブライザーにより噴霧された試料のうち、より細かい均一な試料のみがフレームに導入される。大きな液滴はドレイン (廃液) として排出される。フレームに導入されるに過程で脱溶媒が行われ元素は固体 (化合物) となる。化合物はフレーム中で分解され、元素は原子化され光を吸収する。分析上注意する点は、ここで生成した化合物形態、またはフレーム中で形成される化合物形態が分析結果に大きな影響を及ぼす場合があることである。

原子吸光分析法は、標準液を使用する相対分析法である。従って、標準液は未知試料の溶液組成に近いものを使用することが望ましい。しかし実際には、試料中の共存物質が未知である場合がほとんどであり溶液組成の似た標準液を調製することは難しい。通常、市販の原子吸光分析用標準液 (1000 mg/L) を純水または純水に酸を加えて希釈しただけの標準液を使用する場合が多く、試料中に含まれる共存物質の種類あるいは濃度によっては大きな干渉を受け測定誤差を生じる場合も少なくない。

フレーム原子吸光分析法で注意しなければならない干渉にはイオン化干渉と化学干渉がある。

1)イオン化干渉

試料中に大量 (1000 mg/L ~ 数%) のアルカリ金属元素が含まれている場合、目的元素の吸光度が上がり、正の誤差を与える。これは、イオン化エネルギーの低い、大量のアルカリ金属元素がフレーム中でイオン化し、目的元素のイオン化を抑制するためで、抑制された元素はイオン化状態から原子状態に戻り、原子密度が高くなる。その結果、吸光度が上がる。Li、Na、Kなどの元素を測定する場合、特に注意が必要である。イオン化干渉抑制剤としてはセシウム (Cs) などが使用される。標準液と試料に同じ濃度のCs (数1000 mg/L ~ 数%) を添加することにより干渉を抑制することができる。

2)化学干渉

目的元素が、試料中に共存する元素や分子と難解離化合物を生成することにより原子化が抑制される。例えば Ca を測定する場合、リン酸イオン (PO43- )が共存すると難解離性のリン酸カルシウム (Ca3 (PO4)2) を生成し原子化が抑制され負の誤差を与える。干渉に対しては、標準液と試料のマトリックスを合わせること、干渉抑制剤としてストロンチウム (Sr) やランタン (La) を加えること、標準添加法により測定することで対策が可能である。

3.2.電気加熱原子吸光分析法

電気加熱原子吸光分光光度計(グラファイトファーネス原子吸光分光光度計)は、溶液試料中に含まれる µg/L (ppb) オーダーの元素を感度良く分析できる装置である。 一回の測定に使用する試料量も数十 µL と非常に少ない。直径 5 ~ 6mm、長さ 25 mm 程度の円筒形の黒鉛炉に数 µL ~ 数十 µL の試料を注入し、これに大電流を流して黒鉛炉を高温に加熱することで炉内の目的元素を原子化する。黒鉛炉の狭い空間に原子が高密度で得られるため感度が良く、フレーム法の 100倍 ~ 1000倍の感度が得られる。表 2 に電気加熱原子吸光分光光度計の 20 μL 注入時の 1 % 吸収感度を示す。1 % 吸収感度とは、吸光度 0.0044 が得られるときの濃度でほぼ定量下限と考えてよい。

原子化部には、黒鉛炉の酸化防止および水分、マトリックス蒸気の排気のためにアルゴンガスが使用される。黒鉛炉は、表面をパイロコーティングしたものが一般に使用される。酸化防止、チューブ内での試料の広がりやチューブ表面への試料の浸み込みが少ないなどの特長がある。試料中の元素を原子化するには黒鉛炉の温度を段階的に変化させる (昇温条件)。大きく 3 つの段階に分けることができる。

1)乾燥

溶媒を蒸発させる。使用溶媒の沸点を目安に設定する。水であれば、80 ℃ くらいから 120 ℃ まで徐々に昇温し溶媒を蒸発させる。決して突沸させてはいけない。

2)灰化

共存物質 (マトリックス) の除去を行う。マトリックスとなる元素や化合物の沸点を目安に設定する。目的元素は除去せずにマトリックスのみを除去する。

3)原子化

目的元素を原子化する。1 秒以内に 2000 ~ 3000 ℃ までに一気に昇温し元素を原子化する。図 5 に昇温プログラムの一例を示す。