1.はじめに
原子吸光分析法は、1955 年にオーストラリアの Dr. A. Walsh によって創始された。主に溶液試料中の無機元素の濃度を測定する方法であり、鉄鋼、非鉄金属、材料、めっき液、石油化学、環境、食品、生体、地球科学など幅広い分野で使用されている。特に、環境分析においては、河川水、排水、土壌、底質および産業廃棄物などに含まれる有害金属元素の分析法として認識され、基準値管理のための定量分析法としてその地位を確立している。溶液試料中の元素分析法には、他にも ICP 発光分光分析法や ICP 質量分析法などがあるが、これらの分析法と比較して、装置がコンパクトで操作が簡単、価格が安い、ランニングコストがかからないなどの特長がある。また、JIS K 0102 (工場排水試験法) をはじめとし、公定分析法として多くの試験法に取り入れられているのも大きな特長である。ここでは、原子吸光分析法の原理、構成、特長、分析時の問題点、注意点などについて概要を述べる。
2.原子吸光分光光度計の原理、構成および役割
原子吸光分析法の基礎は、熱エネルギーを加えることにより原子化された原子は光を吸収することに基づく。吸収される光の波長は元素に固有であり、光源 (ホローカソードランプ) から励起された光をあてると、特定の元素のみが特定の波長の光を吸収する。また、吸収される光の量は原子化された原子の濃度に比例する。実測される量は、吸収される光の量 (吸光度) で、入射光 (I0) と透過光 (It) の比の対数をとりマイナスをつけたものである。これが濃度に比例する。この性質を利用し、濃度既知の標準液の吸光度を測定し、作成した検量線を用いて未知試料の濃度を求める。
原子吸光分析法では、原子化された状態をたくさん作ること (原子密度の高い状態) が重要であり、感度に影響する。そのため原子がイオン化することは望ましくない。原子化のために用いられるエネルギーには、フレーム (炎) と電気加熱炉 (黒鉛炉が主流) があり 2300 ~ 3000℃ の温度が得られる。アルカリ金属元素のようにイオン化エネルギーが比較的小さい元素は高感度であるが、一方、沸点が高い難解離元素は、低い温度では原子化しないため感度は悪くなる。
原子吸光分光光度計は、光源、原子化部 (励起源)、分光測光部 (分光器+検出器) から構成されている。原子吸光分光光度計の概要を図 1 に示した。
2.1.光源
光源にはホローカソードランプが使用される。ホローカソードランプは特定の波長の輝線を発する光源で、測定元素の数だけランプを準備する必要がある。一つのランプから数元素の波長を発することができる複合ランプもある。ホローカソードランプの概要を図2に示す。ランプ内にはNe(ネオン)または Ar(アルゴン)などの不活性ガスが封入されており、電流を流すことによりこれらの不活性ガスがイオン化 (Ne+、Ar+) され、カソード(中空陰極)をスパッタする(ガスイオンを衝突させてカソード表面から金属原子を飛び出させること)。カソードは、測定に使用する金属または合金で作られておりスパッタされることにより発光し元素固有の波長の光を放出する。
2.2.原子化部
原子化部は二つの種類があり、フレーム (炎) を使用するフレーム原子吸光分光光度計と黒鉛炉 (ファーネス) を使用する電気加熱原子吸光分光光度計に分かれる。それぞれの装置の詳細については後述する。
2.3.分光測光部
原子吸光分光光度計に使用される光学系には、測光方式としてシングルビーム方式とダブルビーム方式がある。シングルビーム方式は、1本の光束で測定を行うが、ダブルビーム方式は、光束をハーフミラーなどによって分割し、サンプルビームの他にレファレンスビームを使用する方法で、光源や検出器などの点灯直後のドリフトや不安定さに起因する変動を除去することができる。 分光器では、光源から放出された複数のスペクトル (波長) を回折格子により近接線を分離して測定に必要な波長だけを選択することができる。図 3 に示したのは、ツェルニ・ターナ形と呼ばれる配置の分光器で、回折格子の刻線数、焦点距離、スリット幅などによりその性能が異なる。検出器には、一般的に光電子増倍管 (フォトマルチプライヤー) が使用される。この検出器は、紫外 ~ 可視光域 (190 nm ~ 800 nm) にわたる光を感度良く検出することができる。