1.はじめに

ICP 発光分光分析装置(Inductively coupled plasma optical emission spectrometer ; ICP-OES) は、6000 ~ 10000K のアルゴンプラズマを発光光源として使用し、霧状にした溶液サンプルをプラズマに導入することで元素固有のスペクトルを発光させ、これらのスペクトル (光の波長) から元素の存在を明らかに (定性) し、光の発光強度から元素の濃度を求める (定量) 。また、高性能な回折格子 (グレーティング) を用いることにより、光源から得られたスペクトルを高分解能に分離することで、およそ75種類の元素を迅速に測定することができる。

ICP 発光分光分析装置には、大別するとシーケンシャルタイプとマルチタイプの2種類がある。シーケンシャルタイプは、逐次的に回折格子を駆動 (回転) することにより、分光された特定のスペクトルのみを検出器へ導く方式で、一般的に分解能が高く、感度が良いが、測定スピードはマルチタイプと比較するとやや劣る。

一方、マルチタイプは、固定されたプリズムや回折格子により分光された測定対象範囲の波長域のスペクトルを同時に検出することができるので、測定スピードが速く、繰り返し測定の再現性が良い。測定元素が多い場合やクロマトグラフィーなどのように測定元素の時間的変化を追跡する時などに有効である。

2.ICP 発光分光分析装置の構成と役割

ICP 発光分光分析装置は、主に試料導入部発光部 (プラズマ励起源)分光測光部 (分光部+検出器) 、信号処理部 (装置制御・演算部) から構成されている。装置構成の概要を 図1 に示した。

試料導入部は、溶液サンプルを負圧吸引 (自然吸引) またはペリスタリスティックポンプを使用して送液し、ネブライザー(霧吹き)によりチャンバ内へ噴霧される。噴霧された微細な霧状のサンプルはチャンバ内で粒径選別され、その一部がトーチ内部を通過してプラズマへ導かれ、それ以外はドレインとして排出される。噴霧される霧の状態は、常に一定で細かいことが望ましく、各種アプリケーションによって最適なネブライザー、チャンバが開発されている。

一般的に環境試料のようにマトリックス成分をあまり含まないサンプルに対しては、内径の小さな同軸型ネブライザーとシングルパスのサイクロニックスプレーチャンバの組み合わせが使用される。食品分析、材料分析、金属分析など高濃度のマトリックス成分がサンプル中に共存するような場合には、内径の大きな同軸型ネブライザーやクロスフロー型ネブライザーを使用することで、安定したサンプル導入をおこなうことができる。一方で内径が大きくなると噴霧される液滴が大きくなることがあるため、このような場合には、パスの長いスコットチャンバやダブルパスのサイクロニックスプレーチャンバと組み合わせることでプラズマへのサンプル導入量を意図的に制限して使用することもある。

ネブライザー、チャンバには、ガラス製と樹脂製とがあり、一般的にはガラス製が多く用いられるが、フッ化水素酸を含むサンプル溶液などでは、ガラスを浸食してしまうため樹脂製が用いられる。

その他のサンプル導入系としては、還元剤をサンプル溶液に添加して水素化物あるいは金属蒸気を生成させ、チャンバ内で気体と液体の分離をし、プラズマ内にガス成分のみを直接導入する水素化物発生法や還元気化法がある。これは、ヒ素、セレン、アンチモン、ビスマス、水銀などの元素に使用でき 5 ~ 10 倍程度感度を上げることができる。さらにサンプル溶液を圧電変換素子により微細なエアロゾルを発生させ、加熱冷却機構で脱溶媒と濃縮を順次行うことで高い試料導入効率により感度向上できる超音波ネブライザーがある。こちらも元素により5~10倍程度感度を上げることができる。

2.2.1.プラズマの生成

プラズマとは、プラスの原子と電子 (マイナス) がバラバラの状態で狭い空間に同じ密度で存在している状態 (電荷が 0) のことを言う。ICP発光分光分析装置は、三重管構造の石英製トーチの外側にあるコイルに高周波を誘導し発生させた電磁場に電子を印可することにより、電子がアルゴンに衝突して、アルゴンがイオン化することでプラズマを形成している。

2.2.2.プラズマの構造

ICP プラズマの最大の特徴と言えば、プラズマがドーナツ構造をしていることである。このことは、プラズマの中心部分の温度が低く、周りが 6000 ~ 10000K の温度であることから容易に理解できる。つまり、プラズマの電流密度は高周波コイルに近い位置ほど高くなる。これは、高周波の表皮効果と呼ばれている。

ICP プラズマのドーナツ構造は、サンプルを導入するのに適した構造で、比較的温度の低い部分よりサンプルが導入される。これにより、サンプルの外方向への拡散がほとんどなく、効率よく原子化された粒子が高温部で励起発光するため、原子密度の高い測定が可能となる。(図 2 参照)
また、ドーナツ構造は、プラズマ内部で発光した光が周りの冷たい原子によって吸収を受けると言う自己吸収現象が起こりにくくなる。そのため、ICP 発光分光分析装置は検量線のダイナミックレンジが 106~108 と広く、ppb ~ % オーダーまでの濃度範囲で精度よく分析することができる。

プラズマを生成しているアルゴンガスは、大きく分けて 3 種類あり、それぞれが三重管の石英トーチの各層から供給される。次にそれぞれのガスの役割について整理する。

  1. プラズマガス
    三重管の石英トーチの最も外側を流れるガスで、石英管を冷却する目的があり、クーラントガス (冷却ガス) とも言われる。ガス流量は、10 ~ 20 L/min と速く、コイル上 30 mm 程度の高さまでアルゴンガスのカーテンで覆われるためにプラズマの中心部が空気から遮断されている。
  2. 補助ガス
    三重管の石英トーチの中間を流れるガスで、プラズマをトーチ上部より浮かせる働きがあり、中間ガスと呼ばれることもある。通常は 0.1 ~ 2 L/min と少量のガスで使用する。高塩濃度のサンプルや有機溶媒を使用する場合には、トーチ内管上部に塩や煤 (炭素) が析出して、目詰まりを起こしプラズマが消灯することもあるため、補助ガスをやや多めに流す方が良い。
  3. キャリアガス
    三重管の石英トーチの最も内側 (中心) を流れるガスで、ネブライザーにより噴霧されたエアロゾルをプラズマ内へ導くためのガスである。キャリアガス流量 (圧力) は、プラズマの安定性に寄与し、装置感度、繰り返し再現性などの分析精度に大きな影響を与えるため、一般的にマスフローコントローラーにより流量制御されることが多く、各元素、波長により最適な流量に設定することが望ましい。

2.2.3.プラズマの励起機構とその特性

ネブライザーにより噴霧されたエアロゾルがプラズマ内に導入されると、プラズマ内部の熱伝導、滞留、熱放射 (熱輻射) によって、サンプルは脱溶媒、解離、原子化、或いはイオン化される。これらの原子またはイオンはアルゴンプラズマからエネルギーを得て、基底状態から励起状態へと励起される。励起状態は高いエネルギー準位の不安定な状態のために、瞬時にスペクトル発光として余分なエネルギーを放出し基底状態へと遷移する。ICP発光分光分析では、このスペクトルの発光線を検出することで、定性、定量分析をおこなっている。

アルゴンプラズマを光源とする ICP では、多くの元素において中性原子線よりもイオン線の発光強度が大きい。原子密度に対するイオン密度、電子密度の割合は、プラズマの絶対温度が高ければ大きく、元素のイオン化エネルギーが小さいほど大きくなる。アルゴンプラズマにおけるアルゴンの励起エネルギーは、11.5eV 程度であるが、その励起エネルギーよりも小さいエネルギーを持つ原子では、そのほとんどが励起される。また、同じようにアルゴンの励起エネルギーよりも小さいイオン化エネルギーを持つ原子は、そのほとんどがイオン化される。特にイオン化エネルギーの小さいアルカリ金属元素の場合、ICP 中では 99.9% 以上がイオン化している。

このように ICP で発光される原子線とイオン線のスペクトル強度は、アルゴンプラズマにおけるアルゴンの励起エネルギーとプラズマに入った元素の励起エネルギーおよびイオン化エネルギーとの関係から、イオン化平衡が保たれ、原子線とイオン線の相対強度は光源の絶対温度と電子密度に依存している。 プラズマ内の温度分布はラディアル (水平) 、アキシャル (垂直) 方向に広範囲な温度分布をもつ。その結果、異なる励起エネルギーを持つ原子線、イオン線とでは、プラズマ内での最適なスペクトル発光位置が異なってくる。つまりは、測定波長によりプラズマの最適な観測位置が異なると言うことになる。

プラズマの観測方法としては、ラディアル測光とアキシャル測光の2通りがある。ラディアル測光では、プラズマを横方向から観測し高温部分のみを観測する。そのため、自己吸収による検量線の曲がりが少ない。一方アキシャル測光では、プラズマを上部から観察する方式で、光を取り込むパスの長さが広いため、原子密度が増え感度の向上が期待できる。しかし、プラズマの低温部から高温部を観測することになるため、低温部 (観測位置付近) で自己吸収現象が起きることがある。共存マトリックスが少なく ppb ~ ppm オーダーでの測定をする場合には、アキシャル測光が優位であり、共存マトリックスの多いサンプルを測定する場合には、ラディアル測光が優位と言える。近年では、1 台の装置でアキシャルとラディアルの観測方法を切り替えて測定できる装置も市販されている。