ORS の原理
Octopole Reaction System(ORS)の原理
ICP-MS による微量分析では干渉の除去が課題です。スペクトル干渉除去の主な方法はリアクション法およびコリジョン法です。アジレントの ICP-MS および ICP-QQQ は、オクタポールリアクションシステム (Octopole Reaction System: ORS)を使用して、プラズマとサンプルマトリックスに起因する干渉を除去しています。
Agilent 8900 ICP-QQQ および 7900 ICP-MS は第 4 世代の ORS4、7700x、7700e および 7700s ICP-MS は、第 3 世代のオクタポールリアクションシステム ORS3を使用しています。
ORS3 の利点
- 使いやすさ - ORS は動作のシンプルなガス(水素とヘリウム)を使用しており、予測できない新たな干渉をセル内で生じさせるような副反応は起こりません。
- 信頼性 - すべての測定を測定元素の質量数について行うことができるため、結果の信頼性が向上します。
- 効率性 - 干渉イオンの種類や反応性にかかわらず、ORS3 では1セットのセルの条件で、多原子イオン干渉を緩和します。
- 高速なガス切り替え - オクタポールのサイズが小さく、セルの内容積が小さくて済むため、ガスモード間の切り替えを高速に行えます。
セルの動作
ORS3 は、反応性の高いガスを使わなくても効率的に動作します。これを可能にしているのは、優れたエネルギー弁別(ED)とセルの小さな内容積です。内容積が小さいと、高いセル圧を利用してセルガスの反応性を高めることができます。以下の 2本のビデオクリップは、セルに水素やヘリウムを追加すると、直ちに干渉除去に作用することを示しています。
- ヘリウムモード : 塩化ナトリウム溶液 (1.1g/L) を装置に導入しています。このビデオは、質量数 63 の銅に干渉する 23Na - 40Ar の信号を示しています。それ以外に、質量数 65 の銅 (不純物としての銅) と、ヒ素の唯一の同位体と同一の質量数 75 で干渉する 40Ar - 35Cl です。1セットのセル条件下で起きる、多原子イオンの信号の急激な低下に注目してください。
- 水素モード : このビデオは、アルゴンの二量体 (質量数 78 と 80) とイットリウム (89Y、質量数 89) の信号を示しています。水素を 4.5mL/分の流量で ORS3 に導入したときに、いずれの質量数の Ar-Ar 種でも、信号が直ちに急降下していることに注目してください。1秒あたりの Y のカウント数は、コリジョンによる集束効果の影響を受けて、干渉が減衰するのと同時にわずかに増加します。水素を止めると、(内容積が小さいため) セル内のガスが急速に排気され、信号が直ちに元に戻ります。
干渉除去プロセス [1,2]
オクタポールイオンガイドは、ORS セル内に収容されており、ガス (通常は水素またはヘリウム) で加圧されます。ORS3 は、イオンレンズ部と四重極質量フィルタの間に配置されています。サンプルからのイオンは、セル内に入るとガスとの相互作用により、下記のプロセスにより、干渉が低減されます。
- ヘリウムモード
- 衝突誘起解離 (CID) - 多原子干渉イオンの結合エネルギーが、He原子との衝突エネルギーよりも小さい場合に起こります。たとえば、ArNa+ や ArO+ といった、結合エネルギーの低い多原子イオンの場合です。
- エネルギー弁別 (ED) または運動エネルギー弁別 (KED) - 多原子イオンが大きいほど (イオン半径が大きいほど) セルガスと衝突する頻度が高まり、サイズが小さい測定対象イオンよりも運動エネルギーの損失が大きくなります。このため、セルの出口と四重極の間に数ボルトのポテンシャル障壁をおくことにより、干渉イオンが四重極に入ることを防ぐことができます。
- KED は、Agilent シールドトーチシステムと組み合わせると特に有効です。シールドトーチシステムは、エネルギーの広がりを抑えつつ、すべてのイオンをオクタポールの入口に導くため、KED をより効率よく動作させることが可能となります。
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水素モード
- 電荷移動 - 電子が中性の水素から干渉イオンに移動することにより、帯電した水素イオンと中性の干渉イオンが発生します。これらは、質量アナライザに収束されないため、質量スペクトルから消滅します。
- プロトン移動 - プロトンが干渉イオンから出入りすることで、測定対象イオンの質量が変動します。通常、反応により生じる新たなイオンはエネルギーが低く、ED プロセスで消失します (詳細は次項を参照してください)。なお、水素反応プロセスはきわめて特殊であり、たいてい Ar+、ArAr+、ArO+ といったアルゴンベースの多原子イオンと反応しますが、N2 などの他の種によるバックグラウンドの除去にも効果的です。
参考文献
1. "The Effects of Cell-gas Impurities and Kinetic Energy Discrimination in an Octopole Collision Cell ICP-MS under Non-thermalized Conditions," Yamada N., Takahashi J. and Sakata K., JAAS 2002, 17, 1213-1222
2. "Operating Principles of the Agilent Octopole Reaction System (ORS)," Yamada T., and Yamada N., The ICP-MS Journal, August 2002, Issue 13 (Agilent 発行番号 5988-7502EN、英文)
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