機器検出下限を性能指標として用いる方法

従来、システムの分析感度は、S/N 比を指標として定義され、使用されてきました。しかし、この手法では、S/N 値の計算方法によっては誇張されることがあるため、誤った判断を招く可能性があります。機器検出下限(IDL:Instrument Detection Limit)は、質量分析の検出限界と精度をより高い確度と信頼性で評価する指標であり、シグナルがノイズでないことを統計的な手法で示します。ここでは IDL を詳しく紹介するとともに、その計算方法と、IDL を使用した Agilent InfinityLab LC/MSD、GC/MSD、トリプル四重極 LC/MS およびトリプル四重極 GC/MS システムの性能の評価方法について説明します。


FAQ – 機器検出下限(IDL)

多くの分析機器は、ブランク(マトリックスまたは溶媒のみ)の分析時にもシグナルが発生します。ブランクで生じるシグナルは、機器のバックグラウンドレベルまたはベースラインノイズと呼ばれ、バックグラウンドレベルの変動として定義されます。

             

機器検出下限(IDL)は、測定の精度を考慮した分析感度の統計的な値です。IDL は、測定で得られたシグナルが実際のシグナルであってベースラインノイズではないことを、99 % の信頼度で得るために必要なターゲット化合物の量(サンプルの濃度またはオンカラム量)を解析します。

         

          

ターゲット化合物の濃度レベルがメソッド検出限界に近づくにつれて、測定の不確かさは大幅に増大します(精度が低下し始めます)。IDL は、不確かさの許容可能なレベルを統計的に求めて、非常に低濃度でありながら再現性よく観察されるシグナルとベースラインノイズとを確実に区別できるターゲット化合物の量です。

        

          

S/N 比は、長く使用され続けてきた質量分析の感度の指標です。ノイズが容易に測定できる状態では有用な指標でした。しかし、技術の発展により高感度な検出システムを比較することは、非常に低いノイズレベルのために、ますます困難になっています。

        

指標を都合良く見せるアルゴリズムで、S/N を計算ことも可能です。それぞれのアルゴリズムはわずかに異なるため、同じサンプルを使用しても異なる結果を生成します。また、多くのアルゴリズムは、狭い時間ウィンドウ内でできるだけノイズが小さい領域を検索し、人為的なスムージングを適用し、指標にバイアスがかかります。また、S/N 比は、n=1 、すなわち 1 度の注入の結果から計算されます。

        

この例では、同じデータファイル内でも異なるノイズを定義すると、質量分析計の検出下限は変化しないにも関わらず、 S/N 比が大きく変化することを示します。

          

            

1 pg のレセルピンまたはクロラムフェニコールは、システムの感度を確認するために広く使用されている性能確認用のスタンダードです。しかし、質量分析で S/N 比を計算するための標準的な方法はありません。このように厳密さや定義されたスタンダードが存在しないことにより、現実の分析との関連性が明白でない非現実的なノイズの定義をもとに報告され、S/N 比は誤解を招く ことがあります。

             

誤って判断されてしまう S/N 比の例を示します。ここでは、ノイズの領域が極めて狭く、おそらく実際のノイズを表していません。

              

             

機器検出下限である IDL は、サンプルの繰り返し測定で得られた結果をもとに計算されるため、分析対象物が一連の注入にわたって確実に検出される信頼性という点で評価が可能です。機器のベースライン付近の低濃度におけるテストサンプルを繰り返して測定した結果を用いて、機器の感度性能を高い信頼性で、統計的な根拠をもとに評価することができます。

         

機器検出下限の詳細については、こちらのウェビナーをご視聴ください。

IDL はUS EPA(米国環境局) のメソッド検出限界(MDL)に変更を加えたコンセプトです。IDL と MDL の主な違いはサンプル前処理です。IDL は溶媒に「未希釈」で溶解したターゲット化合物の検液で測定・計算されますが、MDL はサンプルマトリックス中に溶解したターゲット化合物の検液を用います。IDL と MDL の詳しい説明

IDL と MDL の計算に使用する計算式は同じです。両者の違いは、サンプル前処理です。IDL は「未希釈」で既知の量のターゲット化合物を溶媒に溶解した測定結果を用いて計算されます。一方、MDL はサンプルマトリックス中に既知の量のターゲット化合物を溶解した結果を用いて計算されます。

          

MDL = t × %RSD × Concmatrix

       

IDL = t × %RSD × Concsolvent

       

この式で、t は t 分布を用いた、n 回繰り返し注入での信頼度 99 % の片側臨界値です。

     

IDL と MDL の数学的な基礎は、t 分布を使用した統計的仮説検定に由来します。どちらの式も、t 検定の式から導くことができます。

        

IDL は機器の設置時または点検サービスの後に機器の性能を確認するために使用します。一方、MDL はラボでのルーチン調査や、新しいメソッドの特性評価のために使用します。

アジレントでは IDL を、シングルおよびトリプル四重極ベースの質量分析計(Agilent InfinityLab LC/MSD、LC/TQ、GC/MSD、および GC/TQ)の特性評価における分析感度の主な仕様として利用しています。

      

IDL 評価は、「統計的に確実な根拠のある」システム性能指標として、機器の製造後の性能確認、そしてユーザーサイトでは設置時や点検時の性能確認で行われます。

IDL の評価によって、アジレントのトリプル四重極 LC/MS、GC/MS、および GC/MS トリプル四重極システムが設置時と同等の性能で稼働しているかを容易に評価することができます。Agilent LC/MS 用性能評価スタンダード(部品番号:G1946-85004)または Agilent GC/MS 用性能評価スタンダード(部品番号:5188-5347)を使用します。次に、機器に付属の「インストールおよびセットアップガイド」に記載された IDL 評価方法に従って実行するだけです。

         

IDLはデータシートの仕様にも記載されています。

     

低い IDL の値は、「ターゲット化合物のシグナル」が「バックグラウンドノイズ」よりも大きい条件下で、機器が 99 % の信頼度と適切な精度でターゲット化合物の濃度を検出できることを示します。より感度が高い機器では、ピーク面積値に関係なく、希釈したターゲット化合物や分析困難な化合物をより高い精度で確実に検出します。