フーリエ変換赤外(FTIR)分光分析法は、汎用性が高く、操作が容易なことから、世界中のラボにおいて重要な分析法となっています。最小限のサンプル前処理で定性および定量情報がすばやく得られるのも、大きな特長です。ここでは、FTIR の原理、FTIR 分析と機器、FTIR アプリケーション、および FTIR の結果についてよく寄せられる質問を取り上げ、FTIR 分光分析法の基礎と原理について説明します。
赤外(IR)光は、電磁スペクトルを構成する波長領域の 1 つであり、可視光より低エネルギー側に位置しています。
サンプルに赤外光を照射すると、赤外光と分子の相互作用によって振動が引き起こされることがあります。分子内の結合は、結合強度や結合している原子の質量などに応じて、それぞれ異なる固有振動数を持ちます。赤外光のエネルギーと、いずれかの分子振動を発生させるために必要なエネルギーが一致すると、赤外光が吸収されます。
サンプルで分子振動を発生させるために必要な光エネルギーを赤外分光光度計で測定するのが、赤外分光法です。分子内の各官能基は特徴的な固有振動数を持ち、それぞれが異なるバンドとして IR スペクトルに現れます。つまり、IR スペクトルに含まれる個々のバンドから、サンプルにどんな官能基が存在しているのかを突き止めることができます。これらの異なる官能基のバンドを 1 つにまとめたのがフーリエ変換赤外(FTIR)スペクトルであり、サンプルのフィンガープリント(指紋)と見なすことができます。固有振動数の大部分が含まれている領域を指紋領域と言います。指紋領域は、いわゆる中赤外領域の低エネルギー側にあります。
多くの場合、赤外分光法には、波数約 4000~400 cm-1 の中赤外領域の光が必要になります。Agilent Cary 630 FTIR 分光光度計には、2 つのバージョンがあります。1 つは、堅牢性に優れた ZnSe システムで、スペクトル範囲は 5100~600 cm-1 です。もう 1 つは、KBr 光学系を搭載した Cary 630 FTIR 分光光度計で、7000~350 cm-1 という広いスペクトル範囲での測定が可能です。
フーリエ変換赤外(FTIR)分光分析法は、赤外分光法の一種です。分散型赤外分光光度計では、分散素子によって入射光がスペクトル成分に分割され、各成分が 1 つずつ個別に測定(「スキャン」)されるのに対し、FTIR では、光のすべての周波数が同時に測定されます。その後、フーリエ変換と呼ばれる数学的変換によって、IR スペクトルが取得されます。FTIR 分光法ではすべての周波数が一度に測定されるため、スキャン手法よりもはるかに高速です。
フーリエ変換赤外(FTIR)分光分析法では、光源のすべてのスペクトル成分がまとめて検出されます。その際、FTIR スペクトルを得るために、入射光のスペクトル組成が持続的に変更されるため、FTIR 検出器によって検出される信号は時間に依存します。検出器の信号は、フーリエ変換と呼ばれる数学演算により、時間領域から周波数領域に変換され(最終的な表示単位は波数、cm-1)、よく知られた FTIR スペクトルになります。
フーリエ変換赤外(FTIR)分光光度計には、必ず以下の 3 つの基本コンポーネントが必要になります。
赤外光が干渉計に入射すると、ビームスプリッタによって光が 2 本の光ビームに分けられます。最初の光ビームは固定ミラーで反射し、もう 1 つの光ビームは移動ミラーで反射します。移動ミラーは絶えず前後に移動し、その位置に応じて、2 番目の光ビームの光路長が長くなったり短くなったりします。2 本のビームは、ビームスプリッタで再び集光され、ここで相互に干渉します。2 番目のビームの光路長が変化することで、干渉計から出射される結果的な 赤外光の周波数分布は継続的に変化します。この「インターフェログラム」が検出器で記録されます。インターフェログラムは、信号強度対時間(= ミラー位置)の関数であり、これがコンピュータによって、信号強度対周波数/波数の関数である周波数スペクトルにフーリエ変換されます。
ベンチトップ型およびコンパクト/ポータブル FTIR 分光光度計については、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)製品ページをご覧ください。
IR と FTIR は多くの場合で同じことを表す用語ですが、FTIR は、IR 測定のうち、FTIR 原理が適用(信号を時間領域で記録した後、周波数領域にフーリエ変換)されたものを表す、より限定的な用語です。
フーリエ変換赤外(FTIR)分光分析法は、IR 分光分析を実行するための最先端技術です。つまり、その他すべての赤外分光法と同様、FTIR 分光分析法でも、サンプルで分子振動を引き起こすために必要なエネルギーを測定します(前述の説明をご覧ください)。
フーリエ変換赤外(FTIR)分光分析法の大きな利点の 1 つが、得られた FTIR スペクトルから定性情報と定量情報がどちらも得られることです。
FTIR 分光分析法は、非常に堅牢で信頼性の高い分析法であり、未知サンプルであっても確実に同定することが可能です。未知サンプルを同定する場合は、測定された IR スペクトルが既知成分の IR スペクトル集と照合されます。各成分は、それ特有の IR スペクトルとして現れるため、未知サンプルで測定された IR スペクトルがいずれかの既知成分のスペクトルに一致した場合は、その 2 つが同一成分であると言えます。Agilent MicroLab FTIR ソフトウェアでは、適切な検索アルゴリズムと FTIR ライブラリを使用して、スペクトルの照合が自動的に行われます。ライブラリは、収集したスペクトルをもとに数クリックで簡単に作成できます。また、市販のライブラリを使用することも可能です。
IR スペクトルからは定量情報も得られます。前述のとおり、特定の IR バンドの位置からわかる情報もありますが、多くの場合、バンドをもとにサンプル中の物質の濃度を測定することが可能です。定量を行うには、まず、既知濃度の標準サンプルの IR スペクトルを採取し、検量線を作成します。この検量線を使用して、未知サンプルの IR スペクトルからその濃度を求めます。こうした「定量モデル」は信号強度またはバンド面積にもとづくことが一般的ですが、相関関係がさらに複雑な場合は、ケモノメトリックアプローチも使用されます。
MicroLab FTIR ソフトウェアの一部として組み込まれている MicroLab Quant では、ソフトウェアの指示に従うことで、スキルレベルを問わずあらゆるユーザーが定量モデルを作成できます。MicroLab ソフトウェアにより、作成したモデルが自動的に適用され、最終的な結果が表示されます。詳細については、以下の資料をご覧ください。
フーリエ変換赤外(FTIR)分析は、他の分析法を超える多くの利点と優れた柔軟性を備えていることから、確立された分析法として、品質管理から研究まで、幅広い分野のアプリケーションおよび業界で活用されています。
例えば、納入品の FTIR 試験により、正しい原料が納入されたことを確認し、製造プロセスで使用される材料の品質基準を確保できます。最終製品の品質管理においても同様に、FTIR 分光分析法が重要な役割を果たします。また、偽造品の同定、汚染物質の検出、製造段階のトラブルシューティングのためのルーチン分析にも、FTIR が使用されています。
詳細については、アジレントのFTIR 分析およびアプリケーションポータルをご覧ください。また、以下の資料では、分析例を紹介しています。
フーリエ変換赤外(FTIR)分光分析法には、この分析法特有の利点がいくつかあります。まず、FTIR 分光光度計では、すべての周波数/波数が同時に測定されるため、分析結果がわずか数秒で簡単に得られます。また、リソース面の負担も少なく、少量のサンプルがあれば分析できます。サンプル前処理はほとんど、またはまったく必要なく、消耗品も不要です。FTIR 分光分析法は、柔軟性と汎用性にも優れています。液体、固体、粉末、半固体、気体、ペーストなど、幅広い種類のサンプルに適用でき、定量情報と定性情報がどちらも得られます。
Agilent FTIR ポートフォリオの特長については、以下のページをご覧ください。
最も重要なサンプリング法は、透過フーリエ変換赤外(FTIR)法と減衰全反射 FTIR(ATR-FTIR)法の 2 つです。これらの重要なモードの詳細については、次の 2 つの質問をご覧ください。
この他、重要な FTIR サンプリング法として、以下のスペクトル反射法と拡散反射法があります。
スペクトル反射法 — 液体、薄膜、バルク材料 スペクトル反射法は、液体、薄膜、およびバルク材料の FTIR 試験に使用できます。このサンプリング法では、一定の角度で 赤外光がサンプルに照射され、サンプル表面で反射した反射光が入射光と同じ角度で検出されます。
拡散反射法 — 主に粉末拡散反射法は、スペクトル反射法と少し異なり、主に粉末の FTIR 分析に使用されます。このサンプリング法では、サンプルに照射された 赤外光があらゆる方向に反射します。
アジレントでは、FTIR 用の幅広いアタッチメントをご用意しています。各アタッチメントの詳細については、以下の製品ページをご覧ください。
従来、フーリエ変換赤外(FTIR)分光分析は、透過モードで行われてきました。透過 FTIR 分光分析法は、液体、気体、粉末、および薄膜に適しています。このサンプリング法では、サンプルを透過した 赤外光が、サンプルの反対側にある FTIR 検出器で検出されます。
液体サンプルの FTIR 分析には、通常、取り外し可能なセルまたはフローセルが使用されます。ただし、以下の理由から、このようなセルは取り扱いが複雑で、誤差が生じやすく、時間もかかります。
アジレント独自の DialPath および TumblI アタッチメントを使用すれば、これらの課題を解決し、液体の FTIR 分光分析をシンプルな操作で直感的かつ効率的に行えます。
アジレントでは、FTIR 用の幅広いアタッチメントをご用意しています。各アタッチメントの詳細については、以下の製品ページをご覧ください。
減衰全反射(ATR)法は、フーリエ変換赤外(FTIR)分光分析法で最も一般的なサンプリング法です。ATR-FTIR 法がこれほど広く利用されているのは、液体、固体、粉末、半固体、ペーストなど、多様なサンプルをすばやく簡単に測定できるからです。ATR 法では、赤外(IR)光が結晶中を進み、結晶とサンプルの界面で結晶内に反射し、その反射光が FTIR 検出器に到達します。結晶内に反射する際に、赤外光の一部がサンプルへと進み、サンプルに吸収されることがあります。サンプルへと進む部分的な光をエバネッセント波と言います。
サンプルへのエバネッセント波の侵入深さは、ATR 結晶とサンプルの屈折率差によって決まります。そのため、ATR-FTIR 分析では、サンプルの種類に応じて異なる結晶材料が使用されます。
最も適用範囲の広い材料はダイアモンドですが、特定のアプリケーションにはセレン化亜鉛(ZnSe)またはゲルマニウム(Ge)ATR 結晶も使用されます。アジレントでは、Agilent Cary 630 FTIR 分光光度計用の幅広い ATR アタッチメントをご用意しています。
Agilent FTIR 用の各アタッチメントの詳細については、以下の製品ページをご覧ください。
厳密に言えば、フーリエ変換赤外(FTIR)分析の結果として得られるのは、FTIR スペクトルです。この IR スペクトルから幅広い情報を引き出すことができます。
分子内の各官能基は、それぞれ(1 つまたは複数の)特性 IR バンドを持ちます。そのため、IR スペクトルを調べることで、サンプル中に存在する特定の官能基を同定できます。R&D ラボや学術研究で一般的に行われる未知サンプルの分子構造の確認では、IR スペクトルがこのように活用されます。Agilent MicroLab Expert ソフトウェアを使用すれば、IR スペクトルの解析が容易になります。このソフトウェアでは、包括的なルールに従って IR バンドが分類され、特定の官能基に割り当てられます。ルールはカスタマイズも可能です。
一般に、FTIR は、未知サンプルの同定(または既知サンプルの同定の確認)やサンプル中の成分の定量(例:手指消毒剤中のアルコール含量)などに役立てることができます。これらの情報は、測定した IR スペクトルを手動で解析することができます。ただし、手動での解析は時間がかかるうえ、経験や専門知識を必要とし、ユーザーによってばらつきが生じる可能性があります。Agilent MicroLab FTIR ソフトウェアは、こういった解析作業をワークフローから排除するように設計されています。このソフトウェアはメソッド主導で動作し、画像で分析ステップをナビゲートします。ワークフローが完了すると、最終的な結果が自動的に表示されます。スペクトルサーチの場合は、ライブラリとの一致度が最も高い化合物のヒットリストが表示されます。定量分析の場合は、ソフトウェアによってすべての計算が自動的に実行され、結果が色分け表示されます。
FTIR 分析用の MicroLab ソフトウェアは、装着されているアタッチメントを自動的に認識し、適切なパラメータを適用します。このソフトウェアに画像で示される指示に従うことで、分析ワークフローを確実に進めることができます。データの取り込み後に結果が色分けされて直接表示されるため、データの確認をすばやく直感的に行えます。
MicroLab ソフトウェアは、Agilent Cary 630 FTIR 分光光度計および Agilent モバイルおよびハンドヘルド FTIR 機器ソリューションの一部として組み込まれています。
ベンチトップ型およびハンドヘルド/ポータブル FTIR 分光光度計の測定原理は同じです。また、どちらの機器でも定性情報と定量情報が得られます。ベンチトップ型 FTIR 分光光度計は、主に分析ラボで使用されています。一方、ハンドヘルド/ポータブル FTIR システムでは、電源のない現場でもサンプルを分析できます。
ベンチトップ型 FTIR Agilent Cary 630 FTIR 分光光度計をはじめとするベンチトップ型 FTIR 分光光度計は、優れた性能を備え、世界中の多くの分析ラボで使用されています。Cary 630 FTIR 分光光度計は、ベンチトップ型 FTIR 分光光度計として世界最小を誇り、機器のある場所にサンプルを持ち込んで分析するのが一般的です。ベンチトップ型 FTIR 機器は、材料の同定、物質の定性、品質管理など、ハイスループットのルーチンアプリケーションに最適ですが、ライフサイエンスおよび学術研究アプリケーションでも使用されています。
ハンドヘルド、ポータブル、コンパクト FTIR 航空機のように非常に大きなサンプルや、芸術品など繊細で貴重なサンプルは、簡単には移動できません。環境サンプルや法医学サンプルなど、その場で分析しなければならないサンプルもあります。サンプルを FTIR 機器のある場所まで持ち込めない場合は、逆に機器をサンプルの場所まで移動する必要があります。Agilent 4300 ハンドヘルド FTIR 分光光度計は、現場やラボ外に移動しての非破壊分析に最適な、軽量で頑丈なハンドヘルド FTIR 分光光度計です。この他、アジレントでは、実地分析に適した頑丈な可搬型 FTIR アナライザとして、Agilent 4500 シリーズポータブル FTIR および 5500 シリーズコンパクト FTIR もご用意しています。
詳細については、以下の製品ページをご覧ください。