1.はじめに
プラズマを用いた発光分光分析装置として、 ICP-OES (Inductivity coupled plasma optical emission spectrometer) が化学分析分野で広く普及している。一般的に ICP に用いられるガスは高純度のアルゴンであり、その消費量は 10 ~ 20 L/min と多い。ガスの安定供給が難しい環境下では、必要な暖機時間の確保や最適な測定条件の設定ができずに装置性能を最大限に活かした測定が困難となることもある。そこで、近年注目を集めているのが、窒素プラズマを用いた発光分光分析装置 MP-AES (Microwave plasma atomic emission spectrometer) である。エアコンプレサーと窒素ジェネレーターの組み合わせにより、大気から窒素を安定供給することができるためボンベ交換が不要となる。さらに必要とされる窒素の純度は 99.5 % 以上と高純度品を必要としない。そのため、近年では 24時間連続測定が必要なオンライン、インラインでの活用にも幅を広げている。本稿では、MP-AES の原理、概要と特徴について解説する。
2.MP-AES の構成と役割
MP-AES は、主に試料導入部、発光部 (プラズマ励起源)、分光測光部 (分光部+検出器)、信号処理部 (装置制御・演算部) から構成されている。装置構成の概要を図1 に示した。
2.1.試料導入部
試料導入部は、溶液サンプルを負圧吸引(自然吸引)またはペリスタリスティックポンプを使用して送液し、ネブライザー(霧吹き)によりチャンバ内へ噴霧される。噴霧された微細な霧状のサンプルはチャンバ内で粒径選別され、その一部がドーナツ構造のプラズマ内部に導入される。
サンプル溶液は0.3 mL/min程度の割合でチャンバ内に噴霧され、その内のおおよそ1~5%がトーチ内部を通過してプラズマへ導かれ、それ以外はドレインとして排出される。噴霧される霧の状態は、常に一定で細かいことが望ましく、各種アプリケーションによって最適なネブライザー、チャンバが開発されている。
ネブライザー、チャンバには、ガラス製と樹脂製とがあり、一般的にはガラス製が多く用いられるが、フッ化水素酸を含むサンプル溶液などでは、ガラスを浸食してしまうため樹脂製が用いられる。
一般的にプラズマへの試料導入量を少なくしたいため、最近では Flow Blurring 噴霧技術を採用したネブライザーとダブルパスのサイクロニックスプレーチャンバとの組み合わせが用いられる。Flow Blurring 噴霧技術のネブライザーとして OneNeb ネブライザーが用いられるが、このネブライザーは一般的な同軸型のネブライザーと比較して、噴霧される霧が微細で粒径範囲が狭いため測定精度が良い特長がある。(図2 参照)
その他、試料導入部の詳細については、ICP発光分光分析装置の基礎で解説しているので、そちらを参照されたい。
2.2 発光部 (プラズマ励起源)
2.2.1 マイクロ波プラズマ
マイクロ波とは一般的に周波数が 1 GHz 以上からミリ波 (300 GHz) までの電磁波に対して使用され、MP-AES では 2.45 GHz が用いられる。MP は導波管を用いて、マイクロ波のエネルギー集約点においてプラズマの放電及び維持を行う。マグネトロンで発振されたマイクロ波は導波管で他端に放出される。このとき、導波管の寸法を反射する波と重乗するように設定すると、エネルギーが集約される部位ができる。この部位に放電されるガスを導入するとプラズマが発生し維持される。このプラズマに試料溶液を導入することによって、試料中に含まれる元素の発光が得られる。(図3 参照)
2.2.2 プラズマの構造
トーチの周りに集中した磁場により、その表皮効果から ICP と同様なドーナツ構造をとる。
プラズマのドーナツ構造はサンプルを導入するのに適した構造で、比較的温度の低い部分よりサンプルが導入される。これにより、サンプルの外方向への拡散がほとんどなく、効率よく原子化された粒子が高温部で励起発光するため、原子密度の高い測定が可能となる。(図4 参照) プラズマを生成している窒素ガスは、大きく分けて 3 種類あり、それぞれが三重管の石英トーチの各層から供給される。次にそれぞれのガスの役割について整理する。
プラズマを生成している窒素ガスは、大きく分けて 3 種類あり、それぞれが三重管の石英トーチの各層から供給される。次にそれぞれのガスの役割について整理する。
- プラズマガス
三重管の石英トーチの最も外側を流れるガスで、石英管を冷却する目的があり、クーラントガス(冷却ガス)とも言われる。ガス流量は 20 L/min と速く、窒素ガスのカーテンで覆われるためにプラズマの中心部が外気から遮断されている。 - キャリアガス
三重管の石英トーチの最も内側 (中心)を流れるガスで、ネブライザーにより噴霧されたエアロゾルをプラズマ内へ導くためのガスである。キャリアガス流量(圧力)は、プラズマの安定性に寄与し、装置感度、繰り返し再現性などの分析精度に大きな影響を与える。各元素、測定波長により最適な流量に設定することが望ましい。0.3 ~ 1.0 L/min の範囲で使用される。
2.2.3 プラズマの励起機構とその特性
ネブライザーにより噴霧されたエアロゾルがプラズマ内に導入されると、プラズマ内部の熱伝導、滞留、熱放射(熱輻射)によって、サンプルは脱溶媒、解離、原子化、或いはイオン化される。これらの原子またはイオンはプラズマからエネルギーを得て、基底状態から励起状態へと励起される。励起状態は高いエネルギー準位の不安定な状態のために、瞬時にスペクトル発光として余分なエネルギーを放出し基底状態へと遷移する。MP-AES では、このスペクトルの発光線を検出することで、定性、定量分析をおこなっている。
窒素プラズマを光源とする MP では、多くの元素においてイオン線よりも原子線の発光強度が大きい。つまりイオン線が多く使用される ICP-OES とは異なる波長で測定されることが多い。原子密度に対するイオン密度、電子密度の割合は、プラズマの絶対温度が高ければ大きく、元素のイオン化エネルギーが小さいほど大きくなる。特にイオン化エネルギーの小さいアルカリ金属元素の場合には、MP 中で 99 % 以上がイオン化している。 このように MP で発光される原子線とイオン線のスペクトル強度は、プラズマのエネルギーとプラズマに入った元素の励起エネルギーおよびイオン化エネルギーとの関係から、イオン化平衡が保たれ、原子線とイオン線の相対強度は光源の絶対温度と電子密度に依存している。
プラズマの観測方法としてはアキシャル測光になる。プラズマの先端部は、低温部(観測位置付近)で自己吸収現象が起きることがあるため、先端部分を高速の空気流によりカットしている。