GC/MS によるマトリクス中の多くのターゲット化合物の測定を サポートする3 つの強力なツール

Bruce Quimby
アジレントシニアアプリケーションケミスト

GC/MS および GC/MS/MS は、複雑なマトリクス中の多数の物質を測定するアプリケーションで広く用いられています。法医学、環境分析、食品中農薬といったアプリケーションでは、いまや 100 種類を超える分析対象物をターゲットとするメソッドもめずらしくありません。そうしたアプリケーションでは、1 回の測定で多くの情報が得られますが、困難も伴います。

難しさの 1 つが、適切なリテンションタイムウィンドウにターゲット化合物のリテンションタイムを維持することです。ターゲット化合物がそれぞれのウィンドウからはみ出してしまうと、MSで検出されず、偽陰性の結果をもたらします。複雑で「ダーティ」なマトリクスを扱う GC/MS 測定の場合、さらなる難問となるのが測定結果の検証です。各ターゲット化合物について、ターゲットイオンとクォリファイアイオンの比を調べ、化合物の有無を測定しなければなりません。複雑なマトリクスでは、マトリクスイオンに起因する干渉により、クォリファイアイオン比が不正確になることもしばしばです。ターゲット化合物の数が多いと、データの検証はワークフローにおける難所になります。この記事では、そうした難問を解決するための 3 つの役立つ技術を紹介します。

リテンションタイム補正の手間を軽減するリテンションタイムロッキング

リテンションタイムロッキング (RTL) は、同じGC/MSのメソッドで、カラム間および機器間でリテンションタイム (RT) を限りなく一致させるためにアジレントが開発した技術です。2 つの異なる機器で、同じメソッドを設定する場合、RT が一致することは稀で、たいていは最大 0.5 分ものリテンションタイムの差が生じます。経験豊富な分析化学者のあいだでは、カラムフローを調節すれば RT を一致させられることが以前から知られていましたが、このトライアンドエラーでの調整は、きわめて長い時間がかかります。アジレントの RTLはこの問題を解決するために開発されました。

5 回分析を用いてメソッドあたり 1 回の RTL キャリブレーションを実施した例。クロルピリホスメチルをロッキング化合物としています。

図 1. 5 回分析を用いてメソッドあたり 1 回の RTL キャリブレーションを実施した例。クロルピリホスメチルをロッキング化合物としています。(図を拡大)

5 回分析を用いてメソッドあたり 1 回の RTL キャリブレーションを実施した例。クロルピリホスメチルをロッキング化合物としています。

図 1.5 回分析を用いてメソッドあたり 1 回の RTL キャリブレーションを実施した例。クロルピリホスメチルをロッキング化合物としています。

アジレントのGC/MS, GC/MS/MSであればRTLを簡単に設定、使用することができます。メソッドの設定が完了したら、ターゲット化合物の中からロッキング化合物を1つ選択し、5 回の RTL キャリブレーション測定を実施します。この測定では、設定したメソッドの注入口圧力、その 10 % および 20 % 上下させた注入口圧力を使用します (図 1 参照)。その後、RTL ソフトウェアが多項式回帰を用いて、5 回のキャリブレーション分析に含まれるロッキング化合物について、RT の関数として圧力方程式を作成します。このプロセスは各メソッドにつき 1 回だけ行われます。その後、メンテナンス等でリテンションタイムがずれた場合には、ロッキング化合物を測定し、それにより得られた圧力および RT と方程式を用いて、リテンションタイムを補正させるのに必要な注入口圧力を算出し、測定条件に反映されます。

RTL のもっとも大きな利点の 1 つは、各分析対象物のリテンションタイムを、過去に採取した リテンションタイムや、RTLマススペクトルのデータベースと 一致させられることです。この機能により、たとえば農薬や毒物などをターゲットとする大規模なスクリーニングメソッドの管理が容易になります。RTL では通常、すべての分析対象物の RT が、0.030 分以内の精度でデータベースのリテンションタイムと一致します。Agilent GC/MS 農薬アナライザのメソッドは、RTL をベースに構築されています。

サンプル中の高沸点成分を除去するバックフラッシュ

高マトリクスサンプルを注入すると、注入口やカラム入り口部分に高沸点化合物が残留することがあります。こうした高沸点成分はカラム内をゆっくり移動するため、次の測定で溶出し、ターゲット化合物に干渉するおそれがあります。また、カラム入り口部分近くに蓄積し、バックグラウンドの上昇などクロマトグラムに悪影響を与えることもあります。そのような状態になった場合、カラムをカットする必要があります。測定の最後にカラムを空焼きすることでそうした高沸点成分の一部を除去することができますが、多くの場合は長い空焼き時間が必要なうえに、カラムブリードや高沸点マトリクス成分が質量分析計のイオン源に要出することもあります。このような汚染が生じると、イオン源洗浄の頻度が上がり、カラムの寿命も短くなります。効率的に高沸点マトリクス成分を除去できるのが、バックフラッシュによりカラムから排出する方法です。この方法なら、高沸点マトリクス成分が検出器に到達することはありません。

バックフラッシュを行う場合は、最後のターゲット化合物の リテンションタイム 後に、キャリアガスのメークアップガスを用いてカラムフローを逆流させます。アジレントでは、GC/MS メソッドへのバックフラッシュの導入を簡単にするために、GC 用のメークアップガスコントロールモジュールとキャピラリフローテクノロジー (CFT) デバイスを提供しています。

時間のかかるカラムベイクアウトのかわりにバックフラッシュを用いて、重いマトリクス成分を除去しています。

図 2.時間のかかるカラムベイクアウトのかわりにバックフラッシュを用いて、重いマトリクス成分を除去しています。(図を拡大)

時間のかかるカラムベイクアウトのかわりにバックフラッシュを用いて、重いマトリクス成分を除去しています。

図 2.時間のかかるカラムベイクアウトのかわりにバックフラッシュを用いて、重いマトリクス成分を除去しています。

図 2 は、ポストカラムバックフラッシュを組み込んだ GC/MS メソッドを示しています。この例では、上段のクロマトグラフで示されているように、n-C36アルカンが通常の分析終了後 (11.6 分) に溶出します。中段のクロマトグラムでも同じサンプルを示していますが、最終オーブン温度後に 1.5 分にわたって バックフラッシュを実行しています。下段のクロマトグラムは、バックフラッシュ実行直後に実施したブランク分析です。バックフラッシュにより、n-C36 ピークが完全に除去されているのがわかります。

バックフラッシュの際には、もっとも沸点の高い成分が最初にカラム入り口から溶出します。これは、高沸点な化合物ほどカラム入り口近くに残っているためです。測定メソッドの最適なバックフラッシュ時間を確認しメソッドに設定することで、測定対象外の高沸点成分をカラムから確実に除去することができます。バックフラッシュの利点がきわめて大きいことから、Agilent GC/MS/MS PAH アナライザを含めたすべての Agilent GC/MS および GC/MS/MS ベースのアナライザには、バックフラッシュがシステムに組み込まれています。

複雑なデータの検証をスピードアップさせるデコンボリューションレポート作成ソフトウェア

多くの GC/MS メソッドでは、電子衝撃 (EI) スキャンモードを用いた分析が求められます。スキャンモードを使えば、抽出イオンクロマトグラム (EIC) を用いてターゲット化合物を定量したり、スペクトルライブラリ検索によりターゲットではない未知物質を推定することができます。このアプローチは、法医学/毒物学アプリケーションでよく利用されています。

数百のターゲット化合物を扱う大規模なスクリーニングメソッド、特に複雑なマトリクスを扱うメソッドの場合、データ解析がきわめて困難になります。測定対象物について、ターゲットイオンとクォリファイアイオンの比を調べ、化合物の有無の判定などを測定しなければなりません。血液のような複雑なマトリクスでは、マトリクスイオンに起因する干渉により、分析対象物のクォリファイアイオン比が不正確になることもしばしばです。アジレントはこの問題を克服するために、デコンボリューションレポート作成ソフトウェア (DRS) を開発しました。

DRS では、まずスキャンファイルをデコンボリューションという処理をし、クロマトグラム中のすべてのピークについて、干渉を除去したスペクトルを再構築します。デコンボリューションの基本となる考えは、化合物が検出器 (MS) 内ではその化合物の質量スペクトルのすべての m/z 値において、同じリテンションタイムでクロマトグラフィーピークが現れるという考え方です。デコンボリューションソフトウェアは、全てのリテンションタイムで、データファイル内の各質量の EIC のピークを抽出します。各質量の任意の RT でのEICのピーク同士でピーク頂点のリテンションタイムおよびピーク形状の類似度を調べて、EICが同じ化合物かどうかを判定します。同じであると判断された場合は、それらのイオンが同じ化合物としてまとめられ、コンポーネントというマススペクトルに再構築されます。この再構築が全てのリテンションタイム、全てのEICで行われます。

DRS で用いられている NIST AMDIS デコンボリューションソフトウェアでは、高度なアルゴリズムが導入されています。このアルゴリズムにより、わずか 1 回のスキャンで分離されるピークからスペクトルを抽出し、コンポーネントを再構築することができます。

デコンボリューションを利用すれば、干渉要因の脂肪酸を多く含む血液抽出液中のカリソプロドールのスペクトル確認が円滑化します。

図 3.デコンボリューションを利用すれば、干渉要因の脂肪酸を多く含む血液抽出液中のカリソプロドールのスペクトル確認が円滑化します。(図を拡大)

デコンボリューションを利用すれば、干渉要因の脂肪酸を多く含む血液抽出液中のカリソプロドールのスペクトル確認が円滑化します。

図 3.デコンボリューションを利用すれば、干渉要因の脂肪酸を多く含む血液抽出液中のカリソプロドールのスペクトル確認が円滑化します。

図 3 (上) は、デコンボリューション前の血液抽出液中カリソプロドールの RT におけるピーク頂点のスペクトルを示しています。NIST ライブラリで検索したところ、オレイン酸がトップでヒットし、カリソプロドールはトップ 100 以内ではヒットしませんでした。図 3 の下図は、デコンボリューションしたスペクトルを示しています。AMDIS により干渉が除去されたことで、スペクトルが NIST ライブラリのカリソプロドールとマッチスコア 80 で一致し、トップでヒットするようになりました。

スキャンファイル内で検出されたすべてのピークに対してデコンボリューションを行い、再構築でクリーンになったスペクトル(コンポーネント)を用いて、ターゲットライブラリで検索をおこないます。ピークのスペクトルが、ユーザーで定義した最低スコア値以上でターゲットのスペクトルと一致し、かつそのピークの RT がターゲットライブラリのものと正確に一致する場合は、その化合物が存在するとレポートに表示されます。データファイルサイズや検索条件にもよりますが、このすべてのプロセスが、通常は 2 分程度で完了します。正確な RT マッチングとデコンボリューションしたフルスペクトルを組み合わせれば、ターゲットの同定が大幅に迅速化し、信頼性も高まります。ターゲットイオンや一部のクォリファイアイオンだけでなく、スキャン測定で得られたスペクトル内のすべてのイオンを使用するので、干渉の影響も最小限に抑えられます。実際の測定・解析では、でコンボリューションの結果をオペレータが確認し、必要に応じて定量され、最終レポートが印刷されます。

GC/MS メソッドを向上させるアジレントのパワフルな時間節約ツール

今回ご紹介した 3 つのパワフルなツールを使えば、メソッドのメンテナンスやデータ検証の時間を大幅に短縮することができます。アジレントでは、多数のターゲットのスクリーニングの信頼性を高めるために、RTL、バックフラッシュ、DRS をあらかじめ搭載した GC/MS EI スキャンモードアナライザファミリを提供しています。作業効率を高めるシステムとして、アジレントのアナライザの詳細情報をいますぐご確認ください。