網羅的脂質研究であるリピドミクスは、以下の特徴を持つ比較的新しい研究分野です。
複雑な研究分野であるリピドミクスにおいて、アジレントは、脂質が生物学的プロセスで果たす役割に関する研究を迅速化する幅広いツールを提供しています。
図 1. 脂質クラスの例(図を拡大)
脂質: 様々な化学構造からなる複雑な生合成ネットワーク
脂質は脂肪酸とその誘導体のグループで構成されています。ほとんどの脂肪酸誘導体はグリセロールを骨格としています。グリセロールは 3 つのヒドロキシル基からなり、このすべてが長鎖脂肪酸によってエステル化される可能性があります。1 つのヒドロキシル基がエステル化されている場合、モノアシルグリセリドと呼ばれます。2 つのヒドロキシル基がエステル化されている場合はジアシルグリセリド、3 つのヒドロキシル基がエステル化されている場合はトリアシルグリセリドになります。グリセロール骨格を持つ3つの脂質すべてで、脂肪酸のアルキル鎖の長さは C12 から C24 までの幅があり、不飽和度とヒドロキシル化の度合いも異なります。3 番目のヒドロキシル基は多くの場合、糖やリン酸、ホスホエタノールアミン、ホスホコリン、ホスホセリン、ホスホイノシトールのような親水性部分と結合します。この結合により新しい脂質クラスであるグリセロリン脂質が作られます (図 1)。
スフィンゴ脂質はもう 1 つの脂質クラスであり、スフィンゴイド骨格中のアミンが遊離脂肪酸とアミド結合したものです (図 1)。グリセロリン脂質と同様、R2 の鎖長はさまざまで、異なる位置に不飽和結合、水酸基があります。R1 に 1 つの糖のみが含まれる場合、この脂質はセレブロシドと呼ばれます。糖部分に硫酸基が含まれる場合、この脂質はスルファチドと呼ばれます。R1 に複数の糖が含まれる場合、この脂質はグロボシドと呼ばれます。糖類は通常、N- アセチルガラクトサミン、D- グルコース、D- ガラクトースのうちのいくつかを組み合わせたものです。R1 が 1 つまたは複数のシアル酸基 (N- アセチルノイラミン酸) を含む場合、これらの分子はガングリオシドと呼ばれます。
膨大な生物学的プロセスに関与する脂質
脂質は生体膜の主要な構成成分です。一方、酵素補因子、細胞内シグナル伝達因子、抗原、電子運搬体、シャペロン (膜タンパク質の折りたたみを助ける)、ホルモンとしても重要な役割を果たします。生殖器系と免疫系の発達にも機能を有しており、炎症、発熱、痛みを引き起こす脂質の作用は、広く研究のテーマとなっています。また、細胞増殖における役割から、脂質は発癌経路にも関与しています。多くの脂質が代謝異常疾患に関与しており、アルツハイマー病やパーキンソン病の進行に深く関与しています。脂質はヒトの代謝物の中でも大きな部分を占めているため、包括的に代謝を理解するには脂質の量と役割を明らかにする必要があります。
リピドミクスにおける優れたアプローチ
リピドミクスでは主に 2 種類の分析メソッドが使用されます。1 つ目は液体クロマトグラフィー / 質量分析法 (LC/MS/MS) に基づくアプローチであり、2つ目は「ショットガン」アプローチです。1つ目のアプローチでは、サンプルを LC カラムにロードすると構成成分が別々のピークに分離され、その後 MS に送られます。2つ目のアプローチでは、LC を使って各成分を分離することなく、MS にサンプルを直接導入します。2つ目のアプローチでは分析時間が大幅に短縮され、一部の化合物に対する検出下限も向上しますが、オミクス研究においては致命的な問題が 2 つあります。1つ目の問題は、脂質が異性体である場合、正確に識別できない可能性があることです。MS/MS によって得られる構造情報は、異性体の多いリピドミクスにおいて必須と言えるでしょう。2つ目の課題は、定量的な結果を得られない可能性があることです。ホスファチジルコリンなどのイオン化しやすい脂質は、エーテル脂質などのイオン化しにくい脂質と共存するとそのイオン化を抑制することがあります。LC/MS/MS を使えば化合物をベースライン分離できるため、イオン化抑制を最小限に抑えた干渉の少ない MS/MS スペクトル、クロマトグラムを得ることができます。
2次元 LC/MS による徹底的な分析
血漿や血清、組織から抽出した脂質混合物にはさまざまな脂質が含まれており、極性もそれぞれ異なります。順相 LC カラムを使うと複雑な混合物を個々の脂質クラスに分離できますが、各クラス内での分離度は低くなります。そのため、1次元目の順相カラムでクラスごとにフラクションとして採取したのち、2次元目に逆相 LC カラムを用いてさらに分離する手法が有効です。このような2次元 LC を使用することで、同クラス内に存在する異なる脂質をより詳細に分析できます。
一方、1次元目の順相 LC カラムを固相抽出カートリッジで置き換える手法も考えられます。脂質混合物をアミノプロピル担体の固相抽出カートリッジにロードし、適切な溶媒の組み合わせを使って各脂質クラスを個別に溶出します。その後、各脂質クラスを含むフラクションを逆相 LC カラムによって分離します。すべての脂質クラスの網羅が目的ではなく特定の脂質クラスを詳細に分析することが目的の場合は、主にこの手法がとられます。ただし、ポジティブとネガティブ両方のイオン化モードで分析する必要があります。大半の脂質がイオン化しやすいのはネガティブモードですが、セラミドにはポジティブモードが適していることがあります。
リピドミクス研究に最適な LC/MS/MS 装置
Agilent トリプル四重極 LC/MS/MS は定量リピドミクスに最適な装置です。イオントラップは感度が高いことで知られていますが、四重極に比べイオンの保持可能容量が小さいため、濃度に大きな差があるものを網羅的に定量するオミクスアプローチにおいては不利になります。一方、Agilent Q-TOFは定性リピドミクスに最適な装置です。一般的なイオントラップは密接に関連する脂質の区別に必要な質量分解能に欠けています。例えば、モノアシル C17 結合ホスファチジルコリン (PC(17:0/0:0)) の精密質量は 510.3554 であり、エーテル結合ホスファチジルコリン (PC(O-18:0/0:0)) の精密質量は 510.3918 です。これら 2 種類の脂質を別々に検出するには、14,000 もの分離能を備えた質量分析計が必要です。この分離能は、Agilent Q-TOF 装置を使うことで達成できます。また、脂質の MS/MS スペクトルには複数のイオンが表れ、これらの情報に基づいて総合的に物質を同定します。これらのイオンはしばしば、イオントラップにおける 3 分の 1 の質量カットオフ領域に該当するため、イオントラップでは検出できない場合があります。Agilent Q-TOF 装置ではこれらのイオンを確実に検出できるため、信頼性の高い同定が可能です。
複雑な分野であるリピドミクスには、強力な分析ツールの包括的なシステムが必要です。脂質研究を後押しするアジレントの幅広いソリューションについて、サンプル前処理製品群、LC/MS システム、先進のインフォマティクスソフトウェアをぜひご参照ください。